2011年05月29日

miigimohidarimootomodachiさんへ。

傾注!
諸君、ようこそ。

4年も前のエントリ、藤森修一ってアフォについてwに、miigimohidarimootomodachiさんという方からトンチンカンなコメントをいただきました。


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まともに憲法論やったひととはぉえませんねー、隊長さん。笑。信教の自由は、個人の内面の問題を国家が侵害すべきでないというもので、宗教だから別問題だなんて笑われますね。
そうではなくて、USAの場合は、国家原理が独立戦争で獲得した共和主義なんだな。たからできるだけ原理的に国家は個人に介入しないことを是とする。アメリカ国家が大事なら、その原理を保証する国家でなければならない。だからアメリカは国家より宗教や地方自治の慣習の縛りがきつく、生活レベルでの国旗への忠誠が認められるんだな。国家が権力で個人の内面を支配しているのではない。
にほんは、近代化を国家権力が推進し、国民国家を

Posted by miigimohidarimootomodachi at 2011年05月28日 11:51

続)失礼、途切れた。
国家が国民国家を形成するとき、天皇と日の丸をシンボルとして推進した。それに神道を精神的支柱としたわけで、日本は国家権自体が力オカルト国家なった挙句に合理的判断を欠いて負け戦をして300万人の死者を出した。その時代の日の丸と君が代起立斉唱の国家原理は、アメリカと反対で個人の内面まで支配した。その構造が国家原理として簡単に内面強制を行う。つまり自由保証するのではなく、原理的に強要に向かう。これは国家の前近代性の尻尾なわけで、アジア的停滞とも言われる。だから、天皇陛下も言ってるだろう、嫌がる人に無理強いは控えた方がいいって。日の丸を誇りに思う国家を作ることが大事で強要することではないな。為政者が遅れたことやってはら、国民は益々バカになるなゃー。笑。
おわり

Posted by miigimohidarimootomodachi at 2011年05月28日 12:15

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posted by 隊長 at 23:38| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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